My Profile Photo

安心院日記


猫になりたい。趣味で運用しているブログです。技術的な備忘録・やったことメモとポエム置き場。


「感想を書く」ということ

最近考えていること、やっていることに関するポエムです

創作物に対する感想を書いています

一月ほど前から、アニメ漫画小説映画ゲームといった創作物を鑑賞した後にその時のピュアな感想を自分用に書き記すようにしている。

流石に全てに対してそれをやっているわけではないが、いい作品を浴びたあとはえてして多幸感が体の中から溢れて呆然としながら「何が良かったな〜」と反芻している。この気持を整理せずに自分だけが読めるところに書き溜めている。

今の所これをインターネットの海に放流するつもりはない。

モチベーションや感想は作者に届くところに置いてこそ、といった理由でひっそり公開しようと思ったときもあったけどやはりやらない。

感想を書き始めたきっかけ

  • ルックバックを読んだこと
  • 面白いと思ったこと、創作することは素晴らしいことだ的な敬意を持ったこと
  • sns(twitter)で他人の感想の渦に巻き込まれたこと
  • 自分が最初に純粋に抱いた感想がぶれて・にごって・原型がわからなくなったこと
  • それが何故かとてもいやだった
  • snsにあふれる感想は「見られて注目されること」を意識するため、絶対に純粋な感想にならない
  • 誇張表現だったりリアクションをもらいやすい箇所への言及だったり
  • 自分も任意の作品を自分の中で消化した後に感想ブログ・考察記事を読み漁ることは多々ある
  • これは自分の中にある感想を具体化する手順を経ずに第三者の似た感想を見つけ、「自分もそう考えていた」と思い込みたいから
  • 自分の中の感情を出力することは多大な労力を伴う作業ということは理解している
  • しかしsnsで感想を言い合うことを楽しみsns上の立場を築き、またその言い合い自体をコンテンツとして消費する文化もある
  • ルックバックに関してはtwitter上の注目度が高かったこともありその側面をあまりに強く認識してしまった
  • 自己顕示欲を伴う感想の濁流に巻き込まれ、最初の感想を見失って初めて「自分はその思いを大事にしていた」と気づいた
  • それを見失わないように、たとえ自分ですら読み返さなくても文字として感想を出力するようにしている
  • いい副作用もあり、作品鑑賞後に自分なりに出力をすることで第三者の意見に依拠する必要がなくなった
  • 望外に自己肯定感が高まっているように思う

snsの是非(1)

sns上で感想を言い合っているのを見るのは楽しいのは事実。私がそれをコンテンツとして楽しんでいるのも事実。

初見時の感想を出力したうえでなお必要と思ったら第三者の感想を求めてインターネットの海に潜ろうと思っている。

それによって自分では気づけなかった視点や考察に出会うことで作品に対する理解を深めることができればその時点で大成功と言えるだろう。

仮に深く潜りすぎたり、泳ぎきれずに流されてしまっても自分の感情のセーブポイントを用意しているから大丈夫。

大丈夫じゃない時が来たら、セーブのしかたや潜り方を考え直すしかないだろう……そのケースに対する回答は今の所持ち合わせていない。

snsの是非(2)

インターネットの海に潜るという表現をしたが、私は普段インターネットの海からの漂着物を眺めて生きている。

波打ち際に漂着しているものを眺めては日々海の向こうではこんなものが流行っているんだなぁと思いを馳せる。

ある時特定の作品を元としたものが大量に、色々な方向から流れてきていることに気づく。

そういった作品は大抵の場合鑑賞後の満足度が高い。これは成功体験がある。

漂着物の多寡を判断材料に作品を選ぶことは多数派に属することでもある。

失敗しないし、基本的に万人受けする作品のため間違いもない。

ただし以下の問題があることも認識しており、強い意志で利益のみを享受していかなければならない。

  • 多数派とは当人の作ったコミュニティ・観測範囲内の多数派でしかない
  • sns受けする感想を作りやすい、コンテンツのカロリーが比較的小さい作品に偏る
  • 作品鑑賞前に第三者の感想を目にしてしまう
  • 自分が好きな未知の作品を発掘することはできない

現時点で心のなかでもやもやしていることは書くことができた気がする。

人生は有限で、一日は短い。今日も能動的に入出力を繰り返していこう。